加熱式タバコっていいよね

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エッセイ『星空、そして煙草』文:西園寺公文

更新日:2021.02.05
いっぷくコラム

『星空、そして煙草』

                                                              

仕事で、ありえないような失敗をしてしまったとき。

そんな自分を、帰宅してから慰めてくれる家族もいないとき。

SNSで愚痴ってみて、

いろいろ励ましてくれるメッセージが

“ありきたり”に思えてしまうとき。

みなさんなら、気持ちを切り替える

とっておきの方法があるのでしょうが、

私の方法は少々特殊かもしれない。

 

ああ、駄目だ、人間不信の頂点だ。

そんな時、私はあえて一人で過ごそうと決心する。

今日だってそうだった、仕事中にクレーム対応を

必死で頑張ってみた、自分なりにはお互い納得して対応を完了した

と思った矢先に、上司の一言が突き刺さった。

 「○○君なら、半分の時間で処理しただろうね」

 

帰り道、妻にSNSで「今日は河原に行く」と告げた。

既読マークは付いたが、その後に何にもリアクションなんて、帰ってこない。

いや、帰ってこない方が好都合だ…私は自分に言い聞かせると、

午後9時を過ぎて閑散としているスーパーに立ち寄る。

刺身、寿司、ステーキ肉…普段買えないような食材を買い込む。

ウイスキーは、愛用のスキットルに忍ばせた分だけでいい。

酒は、自分の心がすさんでいることを認めようとしない、

自分自身への気付け薬程度でいいのだ。

 

スーパーを出ると、私はいつもの河原に向かう。

家からは1時間ほど車を走らせたところにある河原は、

バーベキューグリルが備え付けてあり、

日中は格好のレジャースポットだ。

でも、夜になると光景は一変し、

ソロキャンパーたちがめいめいにテントを張り、

焚火を楽しむのだ。

私は、そんなキャンパーたちから少し離れて、

河原のほとりに近い場所に愛車を止めた。

 

一人でキャンプをするなんて、

キャンプに興味のない人間には、

違和感しかないかもしれない。

でも、私はソロキャンプの魅力に取りつかれたのだ。

誰の顔色を伺う必要もない、誰かに文句を言われるでもない、

自分だけの場所、自分だけの時間。

そんな贅沢ができるソロキャンプの、

魅力に気づかない人たちが可哀そうとすら思える。

 

晩秋の河原に、川上から少々冷たい風が吹きつけてきた。

暖を取るために、私は大きな丸太を数本組み、

その中に小さな木切れを上手に入れた。

組まれた丸太のふもとから新聞紙で種火を与えてやると、

種火は勢い良く燃え始めた。

まるで、呪縛から解かれたかのように、

天に向かってめらめらと、そして暖かく燃え始めた。

その火の恩恵にあずかろうと、私は火の頂点に鉄板をセットし、

半額のステーキ肉を豪快に焼く。

調味料なんかいらない、塩コショウさえあれば十分だ。

スキットルのウイスキーを少々口に含み、

身体を温めながら、肉を食らう。

付け合わせのつもりで買って来たカットサラダをほおばり、

また肉を食らう。

この時間を、私は待っていた。

 

夜も更けてきたころ、私は焚火で身体を温めながら、

大地に寝そべってみる。

プラネタリウムが大好きだった少年は、

45歳になってもこうして星空を眺めている。

大きくなったら天文台の観測員になるんだと、

小学校の文集にも書いていた私だが、今では区役所の平職員に過ぎない。

周りが結婚するからと、親が決めた見合い相手と見合いをし、

意気投合して結婚した。

結婚20年目を迎え、洗面台で出くわしても挨拶すらしない娘と、

週末に親子で出かけようと相談している妻、その中に私はいないかもしれない。

これだけ、幾千もの星が輝いているのだ、

それぞれが美しく輝いているように、私も少しは光を発しているのだろうか。

 

感傷的になった自分に気づいた私は、煙草を取り出した。

家では吸えない煙草も、今日は思う存分吸うことができる。

最近は加熱式煙草を使っている…値段が安いのもありがたいし、

ライターを持ち歩かなくていいのも魅力だ。

何より煙草は、合法的にため息をつくことができる、格好のアイテムだ。

45歳のおっさんが、

街中でハァーなんてため息を付いたら、どうなるだろう。

警官がやってきて意味もなく交番に案内されるかもしれないし、

聖書を持った初老の夫人が紙について語りだすかもしれない。

その点、煙草を吸っていたらどうだろう…

ため息交じりにハァーっとやっても、問題ない。

大自然のプラネタリウムの特等席にいる私は、

いつものように煙草を吹かす。

 

 「こんばんは」

私を呼ぶ声がするので振り返ると、1人の若者がそこにいた。

 「お煙草、吸われてましたよね。実は…」

若者は、申し訳なさそうに自分の加熱式煙草を見せる。

 「バッテリーが切れてしまいまして。

寝る前に1本吸いたくて…バッテリーをお借りしたいのです」

 ああ、いいよ。

私はザックから予備のバッテリーを取り出し、彼に差し出す。

ここで吸っていいかと言われたので、私は静かにうなづく。

 

2人で焚火を囲み、ともに煙草を曇らせた。

2人とも、同じタイミングで煙草を曇らせ、

同じタイミングでため息をつく。

ああ、こんな息子でもいれば、

私の人生も有意義だったかもしれない…そんなことを思った。

「失礼ですけど、おいくつですか?」

「私は45歳だよ。君は?」

「21歳です。介護施設でヘルパーをしています」

「その若さで頑張っているなんて、立派だね」

タバコを吸っている間の、ほんの3、4分の会話だったかもしれない。

そこで、彼が国家資格に挑戦していること、

親が病気がちで老後のために介護に興味をもったこと…

いろいろなことを教えてもらった。

 

「でも、本当にやりたいことは、なかったのかい?」

彼との別れ際、私の口から言葉が出た。

なんでこんなことを聞いてしまったのだろう…でも、

口から出てしまった言葉は、戻らない。

彼はにこりとしながら答えてくれた。

「本当は、天文観測の研究家になりたかったんです。

ほら、天文台で星を見て、子どもたちに

その美しさを教えられるといいなあ…なんて」

 

私ははっとした。

 

「最近、近所の公民館で『星を見る会』って

講座ができたんです。いいなぁって思って、

ボランティアで参加させてもらうことにしました…

ちょこっとでも、夢がかなったかなって思えます」

 

深々と会釈をして、自分のテントに戻っていく若者。

 

そんな彼に、私は尊敬の念すら感じた私は、

最後の一息に力を込めた。

 

 「君、その公民館は…どこにあるのかな…」

 

 

文:西園寺公文

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