加熱式タバコっていいよね

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『ドキュメント12時間』文:西園寺公文

更新日:2021.03.04
いっぷくコラム

『ドキュメント12時間』

午後9時30分、53番ご指名、運送業のおじさん。

今日は「これから深夜便だ」ってことらしくて、タバコの他にカロリーメイト、栄養ドリンクとトクホのお茶がセット。
「だんだん手馴れてきてるね、覚えてくれたのかい」
にっこり微笑みながら、タバコを渡すとおじさんは僕以上の笑顔でにっこり。
また明日な、その言葉を残して店を後にするおじさんの余韻が、妙に心地よかった。
そう言えばおじさん、娘さんの結婚式が近かったんだよね…そろそろじゃないのかな。

午後11時24分、124番のキャバ嬢お姉さん。

かと思ったら、今日は128番の方だった、反省。
なんでも、オーナーに頼まれて、仕方なく成金趣味の社長と同伴出勤してきた直後らしい。
お姉さん、嫌な客に絡まれたらタバコの銘柄が変わるんだった。
同じ加熱式でも、メンソールの方を選ぶときは、すこぶる機嫌が悪い時だ。
そんな時は、いつものように「今日はいい男が来ましたか?」なんて、軽い口を利かない方がいい。
このお姉さんとは、半年ぐらいすれ違っているけど、最近はどんなに機嫌が悪くても“またね”と言ってもらえるようになった。

午後11時58分、近くの区役所の職員さん、いつものように残業らしい。

この人ははやりのタバコを吸う趣味でもあるのか、今日選んだのは最近発売された65番。
タバコを選んでカウンターに出すと、“ちょっと待って”と言われたので、他の客もいないから頷く。
独り言で“今日はチキンがないのか”と言われたので、思わず「揚げましょうか?」と言ってしまう。
じゃあよろしく、というので、8分ほど時間もらってもいいかって聞くと、なぜか大笑いされる。
「おいおい、お役所仕事じゃないんだから、1分刻みで仕事しなくてもいいよ」
10分でもいいから待つよ、タバコ吸ってるから、出来たらこっちの窓に向かって合図してくれよ。
ハハハハッという笑い声を残して、職員さんは店の外にある灰皿に歩いて行った。

午前1時12分、今日も“ヤドリギのマスター”が、息を切らしてやってくる。

「参ったよ、社長だけじゃなくて、お連れさんのタバコまで買ってこいとはねぇ」
呼吸を整えながらいつもの80番の方向を指さし、お連れさんの煙草を探そうとするが、やっぱり息が落ち着かないので、なかなか探せない。
「ねえ、ウィンストンの1mmって、どこにあるの?」
僕も思わず探してみたが、意外にも僕の真後ろ、96番にあったのでササっと取り出してみた。
「すごいねぇ、すぐに取り出せるなんて、賢いんだぁ」
偶然見つけただけなのに、そこまで褒められると悪い気はしない。
後でオーナーに怒られるかもしれないと思いつつ、販促品のライターをプレゼントしてしまった。

午前2時34分、初めて見る顔。

「トイレ貸してくれねぇかなぁ」
嫌ですって言っても、逆ギレされそうな金髪のお兄さんが3人、同じようにゴールドチェーンを首からぶら下げてやってきた。
これ、ドラクエだったら「仲間を呼んだ!」って感じで登場する、同じモンスター勢ぞろいって光景と同じだ。
そういう勢いのいい人はやっぱり怖いので、ひきつった笑顔で返しておいたら、その笑顔を確認することもなく男たちがトイレに入っていった。
やけに時間がかかるのが気になったが、怪しい道具とか持ってたりしたらいやだから、あえて放置。
10分後にトイレから出てきた男たちは、どうも腹痛を抱えていた1人の男の付き添いで待たされていたようだった。
「助かったよ兄ちゃん、ありがとな

「おいおい、言葉だけかよ。兄ちゃんも仕事なんだから、売り上げに貢献してやれよ」
「そうだぜ、兄ちゃんのバイト代に貢献してやるってのが、男だろうが」
こっちが頼んでもないのに、俺は55番、こっちは35番、じゃあついでに94番。
あっという間にタバコの注文が入り、僕はそそくさとそれぞれのタバコを取り出す。
「釣りはいらねえぜ、ハハハッ」
お兄さんたちは、それぞれバーコード決済を済ませて店を出て行った。

午前4時45分、タクシーの運転手、二郎さん。

“おはようっ!”って挨拶してくれるので、僕もおはようございます、と返すようにしている。
二郎さんの銘柄は決まっているから、僕は迷うことなく23番の煙草をカウンターに用意した。
あと、Lサイズのブラックコーヒーを飲むこともルーティンになっているので、空のカップを一緒にセット。
「いつもありがとね、おやすみぃ」
これから、1時間かけて自宅に帰る二郎さん。
タバコとブラックコーヒーは、家まで無事に帰りつくためのお守り代わりなんだろう。
仕事を終えた後の一服を、うまそうに吸っている二郎さんの髪が、最近白くなってきたように感じたのは、僕だけだろうか。

午前7時49分、オーナー登場。

「昨日は何もなかったかい? それならいいけど」
いつものように僕の無事、店の無事を確認すると、“最近物騒になってきてるから気をつけなよ”と、これまたいつものように呟きながら、自らも制服に着替えている。
「ねえねぇ、君の後輩とか、バイト探してる子いないかなぁ? 人手欲しいんだよねぇ、人手」
加熱用タバコを吹かしながら、バックヤードでぼやくオーナー。
なかなか夜のバイトに入ってくれそうな子はいませんよ、と現実的に答えを返すと、“やっぱりそうだよねぇ”って肩を落として、本部への発注を始める。
昨日は結構タバコが出ましたよって言うと、ちょっぴりニヤついたオーナーの顔を、僕は見逃さなかった。

午前9時、いつものように始まった僕のコンビニバイトは、いつものように終わる。

卒業旅行に行くためにと、半年前から時給のいい深夜シフトに入るようになったが、だんだん「いつもの人たち」と再会できる、人間ウォッチングの楽しみが生まれた。
別に、誰かを馬鹿にしたり、誰かと比べて自分が優位に立とうって気持ちじゃない。
ただ、「みんなそれなりに生きている」ことを、毎日確認したいだけなんだ。
夜が来て、朝が来て、昼が来て、また夜が来る…そんな当たり前の日々を、噛みしめて生きていたい。

そう思いながら、僕はバイト明けの一服とばかり、いつものように加熱タバコを口にする。
タバコを吸うとき、二郎さんが教えてくれたことを、いつも思い出す。
“社会に出たら、男が人前でため息なんてつけないから、タバコ吸うふりしてため息つけよ…”

 

文:西園寺公文

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