加熱式タバコっていいよね

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『タバコの何が悪いのか』文:西園寺公文

更新日:2021.03.04
いっぷくコラム

『タバコの何が悪いのか』

さて、平成の世の中になって、列車の中から灰皿が消え、公共の場から灰皿が消え、そして令和の世の中になれば、なんと紙巻きタバコが消えそうな雰囲気になってきた。
愛煙家の俺としては、紙巻きタバコが無くなることは死活問題だが、加熱式タバコがあるからいいじゃないかという世間の声にも少し同意したくなる気もする。
そうだ、タバコがこの世の中から無くなってしまうわけじゃないのだから、世の中の流れに逆らわないように存在を維持していくのも、やむを得ない。

ただし、タバコのことを悪く言う人間が多いことには、少し抵抗したい。
庶民がタバコをたしなむようになったのは江戸時代、それからタバコは庶民の嗜好品として贈り物にされているような、高級品だったのだ。

そんな高級品だからこそ、当時の農民はこぞってタバコを生産し、財政難にあえぐ大名たちはタバコをこぞって生産させ、それを藩として買い取る「専売制」を敷いた。
専売制にされたタバコは、藩が責任をもって買い取り、江戸や大阪の市場で高額の利益を生み、それらで得た利益を国力の増強につなげた「薩長」が、雄藩として幕府を倒し、明治新政府を設立させるまでに至ったのだ。
おお、タバコにはここまで歴史ロマンが隠されているとは、書いている自分だって全然気づかなかった。

せっかくなので、タバコがどのように日本に根付き、生産されているかを、この機会に紹介したいと思う。
タバコは一般的に「葉タバコ」として生産される。植物学上、タバコは南米原産のナス科に属する作物であり、南米を植民地化したスペイン人やポルトガル人が貿易品として目をつけ、大航海時代において世界各国にタバコを伝播させたのだ。
日本でも、戦国時代にあの「フランシスコ=サビエル」が嗜好品としてタバコを多くの戦国大名に贈呈している記録があるぐらいだ。
戦国大名もタバコが気に入ったのだろう、農民に対してタバコ生産を命じ、こうして日本各地でタバコが当たり前のように生産されることになった。

葉タバコはそのままタバコとして飲用できるわけではない。まず、葉タバコを乾燥させて燻製し、それを刻んでから使う。これがいわゆる「刻みタバコ」だ。
刻んだタバコを吸うための器具こそが「キセル」だ。キセルの先端に刻みタバコを入れ、直接火をつけて、息を吸うことでタバコの成分だけを摂取する方法、これが江戸時代から日本での主流であった。
今のタバコをなぜ「紙巻きタバコ」と呼ぶのか、それは“紙に巻かないタバコ”が主流だったからとわかれば、みなさんも納得いただけるだろう。

今のような紙巻きタバコができたのは、明治時代以降のことだ。
当時も、刻みタバコと紙巻きタバコが併用されていて、上流階級が愛飲していたのが紙巻きタバコだった。刻みタバコと比べて道具を持ち歩かなくて済むし、灰や煤で手や衣類を汚すこともないからだ。
だからこそ、紙巻きタバコが嗜好品として価値を持ち、お中元やお歳暮の品として活用されてきたのもわかる気がする。
やがて日本は昭和になり、太平洋戦争を迎えることになるが、戦地においてもタバコは活用された。戦果を挙げた兵士への報償として、戦地に赴く兵士への慰労品として、とにかくタバコだけは余っていたようで、食料や弾薬が無くてもタバコだけはどんどん送られてきたという。そのせいもあって、戦後の日本は誰もが紙巻きタバコを愛飲する習慣ができてしまったといえる。

太平洋戦争が終わると、大陸や戦地から引き揚げてきた人たちが、荒れ地でも栽培しやすいタバコ栽培に乗り出した。政府も「専売公社」を設立し、塩とタバコを専売制として、江戸時代の大名がやったことと同じことを昭和の世の中で実践した。
国が買い上げてくれる安定性と、紙巻きタバコが庶民の嗜好品として定着したことを契機に、日本国内での生産量はどんどん上がっていった。

1970年代後半になると、日本国内でも「公害」が問題視されるようになり、経済成長よりも健康を重視する動きが高まった。
そしてタバコも「肺がんを誘発する」などのリスクが叫ばれ、タバコを吸っている人の周りの人の「間接喫煙」も問題視されるようになった。
紙巻きたばこに含まれるタールの量はどんどん減少し、1mgという低タールのタバコも発売されるようになったが、同時に愛煙家の数も下り坂を転げ落ちるように減少していった。
列車の中、公共施設、デパート…喫煙所はどんどん目の前から姿を消し、コンビニより喫煙所を探すことの方が困難になった。

愛煙家が減るのと反比例して、たばこ税はうなぎのぼりだ。
バブルがはじけたころは300円前後だったたばこ1箱も、今では500円をあっという間に超えてしまった。これからも、国の財政がピンチになるたびにたばこ税は値上げされるのだろうから、1箱1000円になってもだれも驚かないだろう。
そんなこともあるから、加熱式タバコが生まれ、紙巻きタバコよりも多少安価で購入できるようになったのだろう。愛煙家もささやかな抵抗を続けているのだ。
かくいう俺も、加熱式タバコを愛用しているが、時に紙巻きタバコが恋しくなる時もある。

そんなタバコだが、日本国内では2種類の品種が作られている。
東北では主に「バーレー種」という種類が、西日本では「黄色種」が作付されている。これは、それぞれの地域の特性を生かして品種を変えて栽培に取り組んだ、先祖の知恵と言える。
葉タバコは、6月下旬から8月下旬にかけて、成熟の進んだ葉から下葉、中葉、合葉、本葉、上葉と分けて収穫する。それぞれの部分でタバコの風味を左右する性質が変わっており、実際にはそれぞれの部分をブレンドしてタバコが生まれる。
みなさんが意外と知らないのが「タバコの花」だ。7月上旬に花を咲かせることのだが、花が咲いてしまうと葉に栄養が送られないので、花が咲くとすぐに摘花してしまうのだ。
なので、タバコの花を見たことがある人は、生産地で暮らしていた人か、生産者の家族だったか…いずれかだろう。

ちなみに俺は、後者の方だ。故郷を離れて東京暮らしになって早20年、タバコ農家だった祖父が102歳で亡くなったと聞き、久しぶりに故郷に帰ってきた。
今まで、語り部気分でいろいろ語ってみたが、実は臨終直前まで祖父が書き残したノートに書かれていたことだ。祖父が自身の祖父から聞かされていた話、自分が体験した話、自分が感じたこと…そのすべてだった。
祖父は102歳で亡くなりはしたが、実は98歳まで現役のタバコ農家だった。もちろん、タバコを吹かしては旨そうに吸い、そして農業に精を出していた。

『タバコの何が悪いのか』

ノートの最後は、こう締めくくられていた。
入院して、タバコを止められていた祖父にとっては、さぞ思い残すことだっただろう。
仏前にタバコを供えながら、俺はそんなことを考えていた。

 

文:西園寺公文

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