加熱式タバコっていいよね

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『人生は素晴らしい』文:西園寺公文

更新日:2021.03.04
いっぷくコラム

『人生は素晴らしい』

プロのカメラマンになりたいと、専門学校を卒業してからはや12年。
業界で「鬼」「閻魔大王」と言われていた先生のアシスタントになり、厳しい指導を受けたおかげで実力も身に付いた私。
自分の名前だけで、アーティストから指名を受けてジャケット写真や番宣写真を撮影させてもらえるようになった私は、ようやく人生の余裕を持てるようになった。

撮りたい写真を、撮る。

今度は、表現者としての自分を楽しみたいと思うようになってきた、いや正確には「その余裕」にようやく気付いたのかもしれない。
そんな私が撮りたいと思っている写真はただ1つ、「タバコを吸っている男の人」だ。
同業者の女性たちに話をすると、「アンタの気持ちすっごくわかる~」って先輩もいれば、「今の時代に喫煙を肯定化してるみたいで勘違いされちゃったら~」とビジネスライクに対応してくれる後輩もいる。
いや、私はそういう写真が撮りたいから撮るんだって、芸術家の端くれとして血が騒いでいるだけなんだと。

私の父は、自動車整備工だった。
祖父が創業した田舎の自動車整備工場を継ぎ、黙々と自動車と向き合っていた。
子ども心に覚えているのは、油まみれの手に、純白のタバコを持ち、真っ白な煙を吐き出している父の姿。
父はもともと寡黙だったから、私と父の間に思い出に残る言葉が残されているわけでない。
ただ、父がいつも懸命に働いていること、働いている合間にタバコをおいしそうに吸う姿、それが強く印象に残っているのだ。

「きかんしゃ~」

父の言葉をあえて思い出そうとすれば、この言葉だ。
仕事の合間、幼少の私を肩車に乗せ、タバコを吹かす父。吐き出す煙を上手に操り、ドーナツのように丸い煙を何度も吐き出した。その煙が、夏の真っ青な空に映えている光景が、私の心の中に今でも残っているのだ。
こんなに大きくなっては、もう父の機関車に乗ることはできないし、機関車そのものがこの世にいないので、私は少々寂しい気持ちになっている。

3年前に私が帰省した時、家の庭でタバコを吸っている父の姿を思わず撮影した時、父は驚いた顔をした。
なぜそんなに驚くのか、当時はわからなかったが…実は父親、既に病気で余命が限られていることを知っていたらしい。
そんな時に、私が真剣な表情でカメラを構えたものだから…後になって、母親に確認していたようだ。
「早織には病気の事は言うな。あいつは今一生懸命生きてるんだから、自分の時間を無駄にさせてはいけない」
「写真家みたいになってきたな、アイツ。あの写真の出来栄えがよかったら、俺の遺影に使ってくれ」

こうして、私が初めて開いた個展みたいなものは、父の遺影を葬儀で見てもらうという、悲しいきっかけで開かれたのだった。
ただ、タバコをうまそうに吸い、少し横顔のアングルでとられたその写真は、普段父が見せない温和な表情だったらしく、遺影を見た親族たちはかなり驚いていた。
「六さんでも、こんな穏やかな時があったのか」
私の写真が、その人の真実の姿を見せてくれるきっかけになるんだ。
あの時の体験が、私を芸術家たる何かにしてくれようとしている、そんな気がしたのだ。

個展の題材はもう決まった、タバコを吸う男性の姿だ。
かといってこのご時世だ、タバコを吹かしている男性に出会えるような場所なんて、新橋駅前の喫煙所とか、建設現場の現地事務所ぐらいしかないだろう。
でも、それだけあれば問題ない。私は父親の遺影に使った写真を1枚持ち、あらゆる喫煙場所を巡り歩いた。
「変わった子だね、そんなにカッコいいかね」と言いつつ、喫煙しているシーンを撮らせてくれた新橋のサラリーマン紳士。
「加熱式タバコじゃ、様にならないか」と謙遜しつつ、多少出ている腹を引っ込めてくれた、東京駅で出会った弁護士さん。
「こんなおじさんが、タバコを吸ってるのがかっこいいだなんて、世も末かねぇ」と言いつつ、息で手を温めながらタバコを吸い始めてくれる、警備員のおじさん。
こんな感じで、いろいろな男性たちが私を助けてくれ、目の前でうまそうに一服してくれたのだ。

でも、なんだかしっくりこないのだ。
そう、父の写真を超える写真に出会えないのだ。
やはり、血縁関係がある人間でなければ、あの表情も雰囲気も出せないのか。
それを何とかするのが、プロカメラマンである私ではないのか。
落ち込んでいる私に、彼氏のリュウジが加熱式タバコを差し出す。
「吸ってみたら、気持ちがわかるかもよ」
何の冗談よ!と普段の私なら笑い飛ばすのだけど、その時の私は違った。
リュウジが「メンソールの方が…」と替えのタバコを出そうとする前に、私はリュウジの吸いかけ加熱式タバコを口に含んでいた。

すぅ…はぁ…何度かこれを繰り返してみた。
「どう、きついんじゃない?」
リュウジは心配そうに私を見るが、私は少し思いつくことがあった。
タバコって、男が内緒でため息をつくためのアイテムなんじゃないかって。
「そうだね、そういう考え方もあるかもしれない」
リュウジも笑いながら答えてくれたので、私の決心は固まった。
表面的なことだけをとらえてちゃ、ダメなんだよね。

半年後、私が初めて開催する個人展は始まった。
ギャラリーの中には、美しい自然の風景、動物たちの見せる意外な姿、収穫に喜ぶ漁師の人々…などなど、私がこだわった写真たちばかりが飾られている。
ちなみに、喫煙をする男の人の写真は、1枚しか飾っていない…それも、気づく人がいればわかるかもしれない、そんな場所にしか。
私なりに考えたのだが、タバコが私の推理するように「ため息をばれないように付くためのアイテム」であれば、私がカメラを構えた時点で既に「演技」になってしまい、自然な写真にはなりえないのだ。
かといって、喫煙所を盗撮するわけにいかないわけで…結果的に、私がこだわる写真はどう頑張っても撮れないことが分かったのだ。
でも、私が変なこだわりを持っていたことがわかってよかったと思う。生きている人間の生きざまは、タバコを吸うとき以外でも垣間見えることはあるじゃないか、と。

遠回りしたかもしれないけど、これからも人様に迷惑を掛けなければ、遠回りはどんどんしたっていい、こうやって頑張っていこう。
ギャラリーの入り口で、私は来場者をお迎えしながら、気持ちを新たにしていた。
受付台の上で、小さな額縁に入った父の写真が、私を穏やかに見守ってくれていた。

 

文:西園寺公文

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