加熱式タバコっていいよね

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『ドリームキャスト』第2話 夢のイリグチ

更新日:2021.05.31
西園寺公文の連続小説『ドリームキャスト』

津屋崎は、康介の隣に腰掛けると、生ビールを注文する。


せっかくだから、この店のおすすめも1品お願いしたい…津屋崎の依頼に、マスターは明太子入りだし巻き玉子はどうか、と提案すると津屋崎は“焼きたてを”と応じた。


「槙島さんは、いつも、このお店に?」
「まあね…爺さん、アンタみたいな金持ちには縁がない店だろうけどね」
「いえいえ…私だって、若いときは宵越しの銭はいらねぇとか言って、明日の飯代より今日の飲み代を優先していたころだってありますよ」


顎髭を触りながら、照れくさそうに語る津屋崎。
津屋崎の前に生ビールのジョッキ、そして明太子入りだし巻き玉子が出されると、大事な話は酒をあおる前にとつぶやきながら、津屋崎は康介に茶封筒を渡す。


「映画の脚本案です。脚本は柴田裕子先生です」

柴田裕子か…恋愛モノか、それともファンタジーモノか…独り言をつぶやきながら、康介は冒頭の数ページを読み込んでいる。

「おい、爺さん」
「…津屋崎でございます」
「…津屋崎さんよ、この主役は…本当に俺なのか、なぁ」
「と、おっしゃいますと…」
「オマエさんは、この脚本を読んでいるんだよな」
「もちろんでございます」
「じゃあ、なんでこの主役が俺なんだよ」
「…何がご不満で?」
「不満はねえけど…いやな、中高一貫校を首席で卒業して、東大入学間違いなしと言われていた男が、夢だった映画の世界に飛び込んでいくって…そもそも、俺は都立の工業高校の劣等生だよ!」
「…では槙島さん、この主役はそもそも自分ではない、とおっしゃるのですか」
「まぁ、そういうことだ」

 

津屋崎は、使い込まれた革鞄の中から、もう1つの茶封筒を取り出し、中身を確認する。


「槙島康介…39歳。父親は元厚生省の官僚、今は私立祥雲寺医療大学の教授、槙島三郎太。母親は同じく元厚生省の官僚、槙島美知佳。今は医療系人材派遣会社ソーシンテックの代表取締役…その会社には妹の槙島未知留・34歳も専務として勤務…」
「お…おぅ…」
「弟さんの槙島壮介・37歳は両親と同じ厚生省は嫌だと、あえて文部科学省の官僚を選んだ。そこで知り合った民主自由党所属の当時の副大臣、今泉宗太郎代議士に見込まれて公設秘書に転身。将来的には国会議員を志向しているわけで…」

康介は読みかけの茶封筒をカウンターに雑多に置く。

「津屋崎さん…アンタの言いたいことは分かった。俺のことをあらゆる角度で調べ上げていることも、だ」
「…ご理解いただけたようで」
「じゃあ何か、俺を血統で選んだというのか、それとも演技で選んだというのか、どちらだい?」
津屋崎は表情を一切変えることなく、康介の目を見ながら即答する。

「両方です」

相手を困らせてやろうと思って投げかけた問いに対し、思わぬ言葉が返ってきたことで逆にたじろいてしまったのは、康介の方だった。

「りょ、両方…なんだそりゃ、何が決め手になったっていうんだ…」

たじろいでいる康介を横目に、冷静な津屋崎は話を続ける。

「このプロジェクトは、我がマイシマ開発の社長の肝いりの事業なのです…この映画を作ることで、我が社の将来が確約されるのです」
「確約…?」
「正式にお引き受けいただく前ゆえ、詳細は申し上げられませんが…あえて申し上げるなら、我が社の将来…そのカギを握っているあるお方のために、私たちはこのプロジェクトを実現しなくてはならないのです」

「…じゃあ何かい、その“あるお方”が、俺のことを気に入ってくれたって事かい?」


康介の問いかけに対し、津屋崎の返答はこれまた奇妙なものであった。

「…気に入ったというか、気に入ってくださることを、確信しています」
「…ますますわからないな…なんだい、あるお方が気に入るかどうかわからないが、主役を俺にして問題ないだろう…そんな…」

そんな意味の分からないプロジェクトに、俺が求められていると言われても心が躍るか?
声にならないような声で、津屋崎を問い詰める康介。
金じゃねえんだよ…求められてこその役者なんだよ…怒りを押し殺しながら語っている康介を、マスターは静かに促し、カウンターに腰掛けるように仕向けた。

「本当は、正式に契約を結んでいただいてからと思っていましたが…」


津屋崎は、ある病院のパンフレットを康介に差し出す。

「東京先進大学附属病院…これが…何…」
「…ここに“あるお方”がおられます…ぜひ会っていただきたい」
「なるほど、俺とそのお方とやらが、直接サシで話をすればわかるだろう、そういう魂胆かい」
「いや、話はできないかもしれません」
「できない?そりゃまた滑稽な話だ…さっきからできるのかと思えばできないといわれるし、間違いないと思えばそうじゃないかもしれないとか…このプロジェクトはどうなってるんだ?」

いらだちを隠そうとしないしない康介に、津屋崎は冷静さを保ちながら話を続ける。

「明日午後1時、この病院の正面玄関前でお待ちしております。お越しにならなければ、このお話はなかったことにさせていただく…お越しいただけるかどうかは、あくまで槙島さん、あなたのお考えで結構です」

半ば突き放された格好になった康介は、いらだちを隠すことをやめた。

「ほら、金持ちはいつもこれだ、結局は上から目線で、下々の人間の都合なんて考えず、こうやって勝手に敷いたレールを見せて、どうするってしか聞かねえ。夢も希望もねえ話だぜ!」

乱暴にグラスを置いた康介に対して、津屋崎は今までの口調ではない、感情的な口調で叫ぶ。

「槙島さん、これは夢…夢のイリグチなのですぞ!」

 

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