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『ドリームキャスト』第3話 夢ならサメテヨ

更新日:2021.06.01
西園寺公文の連続小説『ドリームキャスト』

4月11日、午後1時。
昨日の津屋崎の怒号にも似た叫び。その叫びがどうしても気になり、康介は東京先進大学付属病院の正面玄関にいた。
既に傍らには、津屋崎が立っており、無言で会釈をしてきた。

そして、なかば康介がすべてに同意したかのように、さっそくとばかりに中へ案内しようとするので、康介は少し躊躇した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はこの話を、正式に受けたわけじゃない」
「むろん、承知しております」
「…?」
「私の調べでは、槙島康介という男は、自分の信念を決して曲げない男であると…それでいて、秘密を守る男とも聞いております…本来はここまでしないのですが、あなたならばと思いました」
「…それで?」
「あなたをキャスティングするべきだと考えるであろう“あのお方”に会っていただいて、この件の結論を出せばよいと思ったのです」

康介と津屋崎は、病院の5階に向かう。そこはICUが集積されている先進医療の中心のような場所だった。

ICUといえば、生死の境をさまよっている人間がいる場所ではないか…“あのお方”は、死にかけなのか…そんな思惑が康介に伝わってきた。


「康介さん、ご心配なく…これからお会いいただく方は、生きています」
「(ぎくっ)」
「…ただし、康介さんとお話をしていただけるかどうか…それは正直無理だと思います」


話ができない…植物人間なのか…あまり医学的な知恵がない康介でも、それくらいの推理は働いた。

505号室…2重構造の自動ドアを通り、その部屋のためだけに作られたガラス越しの別室。
康介と津屋崎の正面…ガラス一枚を隔てた向こうには、無数の装置につながれて生命を維持している…そう、機械によって生かされている人間の姿が見えた。


「舞島宗史朗様です」

 

マイシマ、ソウシロウ…これが“あのお方”…自身よりも若い、まだまだ青二才にすらに見える男を眼前にして、康介は言葉を失っていた。

 

「…こうして眠りにつかれて、もうすぐ2年になります」
「…病気には見えそうにないが…自分で選んだのか?」
「…ええ。宗史朗様は、自身の夢をご両親に反対されて、自ら命を絶とうとされました…ですが、賢明な医療措置の結果、命は守りましたが、眠りにつかれたままなのです」
「…復活するのかい、坊ちゃんは」
「…脳や身体の検査の結果、病理的に植物人間になる原因は認められませんでした。あとは本人の意識…あるいは…」
「あるいは?」
「…外部からの刺激…生きようとする気持ちを奮い立たせる何か…」

 

康介はそこでようやく、このプロジェクトの全容を理解できた気がした。

目の前には、世の中をはかなんで昏睡状態になっている御曹司、両親に夢を反対されて自殺未遂…ああ、こいつをここまで引きこもらせているのは…夢だ。


「康介さん、お見込みの通りです…」
「外部の刺激…映画…それで合点がいったよ。俺は、この宗史朗に瓜二つではなく、宗史朗の残しているシナリオにぴったりの人間だということだな」
「おっしゃる通りです。宗史朗さまは大学で映画同好会に入られ、オリジナル映画を撮影するほど熱中されていました…ですが、ご両親は映画監督になりたいという宗史朗さまの夢をお認めにならなかったのです」


津屋崎は、ボロボロになった大学ノートを康介に差し出してきた。


「昨晩お渡しした台本のもとは、これです…宗史朗さまが“次回作”として温めておられた作品、これを我が社では映画化することにしたのです」
「…刺激を与えたい、そのためだけにか」
「…そうです…ですが…天下の大企業が、こんな理由で映画撮影をするとは世間にも株主にも説明ができません…プロジェクトはビジネス展開の一部としての取り扱いが必要になりました」
「そこで仰々しく、異業種展開、と打ち上げる必要があったわけか」
「本当はここまでする必要はありませんでしたが…ビジネスとしては必要だったのです」

康介は、すべてを悟ったかのような表情を浮かべている。急に自信を深めたかのような康介の表情に、津屋崎は不思議さを隠そうとしない。

「康介さん、何か別のことをお考えになっていませんかな」
「…さすが爺さん、いや津屋崎さんだ。この話にはもう1つ引っかかることがある」
「…あなたの推理をお聞きしましょう…」


もはや津屋崎は、康介が正解を言い当てることを100%期待している、そんな表情だった。

「この映画のシナリオには、女性がいる…ヒロインだ…そして、このヒロインは実在の人物だ」
「…お見込みの通りです」
「でも、宗史朗は実際に恋愛を成就させることはできなかった…家柄とかだろう…でも、映画の中でなら自分が“主役兼監督”になってしまえば、疑似恋愛も疑似結婚も可能だからな」
「…やはり槙島家の方、地頭はすごいようで…」
「槙島家のことはいいんだよ」

康介は少し迷っていた。
映画の題材としては、申し分ない。でも、目の前に眠る男…舞島宗史朗が何を考えているのか…こいつが夢から覚めたところで、俺に何のメリットがあるのだ…いろいろな考えを巡らせていた。
正直、今の段階で結論が出せなかった康介は、苦し紛れにこんな提案をする。


「津屋崎さん、俺に一晩時間をくれないか…この場所で、考えてみたい」

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