加熱式タバコっていいよね

記事詳細DETAILS

『ドリームキャスト』第4話 夢からツタワル

更新日:2021.06.02
西園寺公文の連続小説『ドリームキャスト』

時計の針は、午後10時を回ろうかとしていたころだった。


「関係者」の名札をぶら下げた、無精ひげを生やしたサンダル履きの男…槙島康介は、あえて灯りを抑えた一室の中で、眼前の病室をただ見つめていた。その先は、感染症予防対策がきっちりと講じられており、3台ほどの機器が無機質な電子音をさせながら動作している。

そのうちの1台からは、患者の心音に合わせて電子音が吹鳴されており、カラーディスプレイにはハートマークの点滅が規則正しく続いている。

…こいつ、本当は寝ているふりをしてるだけじゃないのか…康介は患者を厳しい目つきで凝視した。

 

目の前に眠る男は、舞島宗史朗。
日本に名だたる不動産ベンチャー企業、マイシマ開発の御曹司…自らの夢を否定され、自らすら否定されたかのように勘違いして、結局自らの命を絶とうとして、中途半端にこの世の中で生き続けている。
康介の頭の中には、舞島宗史朗に対するネガティブな印象しかこみあげてこなかった。
卑怯者、世間知らず、引きこもり…こみあげてくる印象は、決していい印象ではなかった。

 

それでも、康介には舞島宗史朗に同情する部分があった。
卑怯者、世間知らず、引きこもり…これらの言葉は、舞島宗史朗と同じ年頃だった自分に向けられてきた、その言葉と全く同じだったからだ。

 

「演劇? それで飯が食えるのか」
「あなたは好きにすればいいわ、うちには壮介がいるのだから…あなたが好きに生きようとしたって、なんの問題もないわ」
「ただし、槙島家の名前を汚すようなことだけはするな…ああ、それともう1つ、金の無心をするな…そのことだけ守れば、お前の好きにしろ」
「お父様はそうおっしゃっているけど、私は違うわ…あなたは逃げようとしているのよ、槙島家からも、人々の期待からも…夢を免罪符にして、逃げようとしているだけなのよ」

握りしめていた舞島宗史朗の大学ノートを、少し強い力で握りしめている自分に気づいた康介は、少々冷静になろうと椅子から立ち上がる。


できる限り舞島宗史朗に近づこうと、ガラスのそばまで歩み寄り、目を閉じたまま微動だにもしない彼をじっと見据える。俺は、こいつとは違う…死んでまで、何もかもから逃げようとはしていなかったはずだ。


「私はあなたに、お坊ちゃまと同じものを感じ取ったのです」
今日の別れ際、津屋崎がつぶやいた言葉を思い返す康介。

その場で否定することもできたのに、なぜ自分はそれをしなかったのだろうか。

津屋崎から、舞島宗史朗のエピソードをいくつかは聞いていた。
彼はいわゆる「映画オタ」であったようで、映画を全否定する両親によって自らの存在を否定された結果が現在に至ったわけだが…宗史朗の両親は何を考えたのか、息子の残した自作のシナリオを読み、ある考えに至った。


そう、この映画を実際に再現し、その映像を見せれば、息子は生を渇望し、現世に戻ってくるのではないかと…できる限りリアルな再現映画を作らないと、息子は現世には戻ってこない…康介が呼ばれたのは「再現映画」の主人公にうってつけである、それだけの理由だったわけだ。


「康介さん、あなたは確かに逃げているかもしれない、その生き方を非難されていることもあるでしょう…ですが…」
「…ですが?」
「私にはそうは思えません。康介さん、あなたは自分の力だけで、誰にも迷惑をかけることなく、自分の夢を追いかけている…それを果たして他人が“逃げている”と非難できるのでしょうか」
「…津屋崎さん」
「私は、おぼっちゃまに…康介さんの“そういうところ”を感じて欲しいと思っています。見かけは美しくないかもしれないが、もがいて、あがいて、それでも夢をつかもうとする泥臭さを」
「…」
「断っていただくのは簡単です…ですが、一晩ぐらいは真剣に考えていただけませんか? 老い先短い老人の願いと思って、お聞き届けいただけませんか」

康介はいつしかうたたねをしてしまったようだ。
正直、この仕事を受けるか受けないかは迷っている…金持ちの道楽に付き合って小銭を稼ぐ…ただし、自分の触れたくない過去や、自分が否定している自分と向き合うことができればの話だ…そのことが康介に心の葛藤を迫っていた。


それにしても、この“関係者室”とやらは、独特に雰囲気を持っている部屋だ。まるで、別の世界への入り口というか、現世とは空気が違うというか…康介は敏感にこの部屋の雰囲気を感じ取っていた。

そんな康介の疑念を確信に変えるかのごとく、康介の脳内にいきなり人の言葉が聞こえてきた。

「何をそんなに悩んでいるの?」


いきなり聞こえてきた言葉に、康介は身をのけぞらせて周りを見回した。


「…誰だ?」
「…目の前にいる、若造だよ、ワカゾウ」
「…舞島、宗史朗か…」
「…そうだよ、舞島宗史朗だ」
目をこすりながら、目の前の舞島宗史朗を見据えるが、彼は微動だにもしていない、植物人間のままだ。
「信じてもらえなくてもいいが…どうも僕とあなたは、意識の中ではつながっていられるようだ」
「意識…何が起きているんだ…」


いつまでも変わらない、舞島宗史朗の心音を伝える電子音。


その電子音を遮るかのように、康介の意識の中に舞島宗史朗の声がこだまする。
この部屋が持つ独特の雰囲気ならば…康介は今自分が体感している現象を何とかして正当化しようと必死だった…この現象を、楽しんでいるかのように思い込もう、そんな気持ちで。

youtubeにて
音声でも公開中

 

 

ピックアップPICK UP