加熱式タバコっていいよね

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『ドリームキャスト』第12話 夢ハツタワルカ

更新日:2021.06.21
西園寺公文の連続小説『ドリームキャスト』

第12話 夢ハツタワルカ

「シナリオを…変えてくれないか…槙島さん、あなたにすべてを…託します」

その言葉を残して、宗史朗はすべてのアクセスを途絶した。

康介がいくら語り掛けようとも、宗史朗は一切反応を返さなかった。

宗史朗の気分を確認できる唯一の指針、その心音も今は全く通常の状態のまま、乱れることもなければ、刻むことをやめるわけでもない。

「要するに、佐夜子に嫌われたくないだけなのか…それとも…」

 

康介には、もう少し掘り下げて考えてみたいことがあった。

正直、この件については“受ける”腹は固めていた。正直言って、今の世の中で演劇だけを志して食っていけるわけではない、でも…表現者の端くれとして、演劇であろうが、映画であろうが、自分がメインとなる表現の場をもらえるのであれば、それは自分の欲求を満たすには十分だったからだ。

ただ、金持ちのボンボンの手のひらで踊らされて作らされる映画など、それでは自動車学校で見せられる事故再現VTRと一緒だ…どうせなら、俺が考える俺のシナリオに仕立てて映画を撮りたい。

自身の中に芽生えた“欲”を満たそうと考えていた康介にとって、佐夜子が宗史朗のシナリオを拒絶してくれたことは、ある意味好機であった。

 

康介が考えたいこととは、宗史朗と佐夜子の関係であった。

宗史朗からの話では、相思相愛だったが親の事情で引き裂かれて、今でも思いはつながっているという話であった。

だが、佐夜子の弟、浅田誠也の反応がどうしても引っかかる。浅田誠也は、津屋崎の名前を出した時、明らかに態度が変わった。

津屋崎は、宗史朗と佐夜子の関係を「相思相愛」と表現した。しかし、それは事実なのかといえば、誠也の態度を見る限り、疑問符が残る。それに、佐夜子に対してオファーを出した時も、誠也の態度を踏まえて宗史朗の名前を一切出していなかった。

「どちらにせよ、真っ向勝負でいった方が、話が早いのかもしれないな」

康介は、宗史朗にわざと聞こえるように話したが、宗史朗の心音には何の変化も見られなかった。

 

翌日のランチタイム。

マルク=マリコに姿を見せた康介。

今度は「ああ、槙島さん」と、気さくに笑顔で挨拶をくれる浅田誠也。

「今日は君の、おすすめのパスタを作ってくれないか」

「僕の、おすすめですか」

「そうだ、君のおすすめをもらいたいな」

「…ボンゴレ、ビアンコ…」

「ありがとう、それをお願いするよ」

 

誠也は、先日と同じように自家製麺の器械を取り出し、手ごねした生地を丁寧に再度仕上げて、製麺機の中にゆっくりと入れていく。

手回しハンドルで、多少細めの麺を仕上げていく康介。

なるほど、オイルソースとガーリック、しっかり楽しませようとしているのだな。イタリア帰りを気取っている革ジャン姿の康介は、イタリア通っぽく勝手な推理をしてみた…普段はチェーン店のテイクアウトを配達しているだけの男だがね…一人脳内で会話をして、ほくそ笑んでしまった。

 

「ちょうどよかったです…今日は、いいアサリが入ったところだったんです」

「そうかい、それは僕にとっても幸運だったね」

康介は、差し出されたボンゴレビアンコをさっそく、冷めないうちにいただくことにする。

冷めないうちにいただくことも、目の前の誠也に対する誠意だと思ったからだ。

「いい、とてもいい」

「ありがとうございます」

「シェフが言うように、アサリの活きがいい。その活きを殺さないように、ガーリックをいいバランスで仕上げているじゃないか」

「いえ、そこまで褒めていただけるとは…」

「料理は作品なんだよね…料理人として、お客さんを悦ばせてあげたいと同時に、自分の腕前を理解してもらいたいという…作品なんだよ」

 

無言でうなづく誠也を確認してから、康介は言葉を選ぶように続けた。

「…ところで、お姉さんは…どうかな、伝えてくれただろうか」

「…姉は、あれから…」

「今日のアサリは本当に活きが良かった」

「は、はぁ…」

「シェフの腕前がいいから、いいパスタになる…いいパスタを作るために、君があのアサリを仕入れてきたのかい?」

「ま、まぁ…」

「じゃあシェフ、どこの産地のアサリなのか、教えてくれないか」

「それは…」

「お姉さんから直接聞きたいのだが、どうかな」

「…槙島さん」

 

「誠也、もういいのよ」

「姉さん」

既に、誠也と康介の話を聞いていたのだろう、佐夜子の声がするのと同時に、佐夜子は既に2人の目に見える位置に、足音をさせるまでもなく現れていた。

「先日はどうも」

「槙島さん、こちらこそありがとうございました」

「…弟さんの気持ちもわかります」

「いいのです。姉思いの弟ですから…きっと、私がまた傷ついてしまう事を、わかっていたのでしょう」

「…佐夜子さん」

「そして槙島さん、私が舞島宗史朗のことに気づいていないとでも、思ってらっしゃいましたか?」

「むしろその逆です」

羽織っていたエプロンをほどきながら、佐夜子は康介の傍らにやってくる。カウンターの隣の席に腰かけた佐夜子は、康介と目を合わせようとせず、話を続ける。

「あのシナリオは、舞島宗史朗のシナリオですね?」

 

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