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『ドリームキャスト』第14話 夢ヲミツケニイコウ

更新日:2021.06.21
西園寺公文の連続小説『ドリームキャスト』

第14話 夢ヲミツケニイコウ

「君は、宗史朗を受け入れたくない自分と、葛藤しているんじゃないのか?」

康介のこの言葉に、佐夜子は動揺している姿を隠そうとしなかった。

窓辺の2人掛けテーブルに腰かけると、頬杖をつき、自らの顔を隠す。黒目の部分が大きい、ぱっちりとした目を、康介に見られまいと隠そうとしているのが見て取れる。その目の周辺から、温かい涙が零れ落ち、感情のこもった尊い液体は、テーブルの木目にしみわたり、美しく流れ出ていった。

 

「私を選ぶことなく、ご両親を選んだのだと思っていました…でも、津屋崎さんも優しくしてくださる…宗史朗の気持ちはまだ変わっていない…でも彼自身は…わからなくなってしまいました」

「佐夜子さん、あなたがそう思うのも無理はないと思います」

「…槙島さん」

「俺だってそう思いますよ…お前はいったい、何がしたいんだって」

「…そうですよね」

「そうです。俺から言わせれば、自分の世界の中に閉じこもって、言いたいことも言わず、傷つくことを恐れて引きこもっているだけの男です」

「…そこまで、言いますか…」

「言われたくなければ、ちゃんと現実と向き合うべきだったんです。周りの人間がこんなに気をもんで、世話を焼いて、真剣に悩んでくれていることから、目を背けていた…奴は卑怯者です」

「でも…槙島さん、彼には彼の事情があったのだと…」

「それは、周りの人間それぞれにも“事情”はあります。そのことをどれだけ奴が認識していたのか…それを確かめたいと思います」

 

「確か…める?」

康介の言葉に、理解できない表情を見せる佐夜子。

「佐夜子さん、俺は今日、あなたと宗史朗の関係を確かめたうえで、シナリオを直すことをお伝えして、俺の映画に参加して欲しいと懇願するつもりでした。でも、今日はやめます」

「…槙島さん?」

「はっきり言います。以前お渡ししたシナリオ、これは宗史朗の書いた宗史朗のためだけのシナリオでしたが、俺はそんなものを捨ててしまって、俺の作品として映画を撮りたいと思います」

「…は、はぁ…」

「とはいうものの、俺だけでそんなことを決めるわけにはいきません。佐夜子さん、今晩時間をいただけませんか」

「今晩…ですか」

「今晩です。俺と一緒にある場所に来て欲しいのです」

 

午後5時過ぎ、マルク=マルコの前に黒塗りのプリウスが1台、静かに止まった。

運転していたのは、津屋崎だった。車を降りた津屋崎は、店の前で待っている佐夜子を認めると、降り出した雨のことも気にせぬまま、彼女の目前に走り寄り、深々と会釈をした。

「ご無沙汰しております、津屋崎さん」

「1年ぶりでしょうか…あれは…」

「津屋崎さんがこの店にお見えになられて、宗史朗の近況報告をしようとしてくださったときです…」

「…あの時は、私どもを受け入れようとはしてくださらなかったですが…無理もありません」

「いいのです…気持ちの整理がつきましたから、今日こうしてお会いできるようになりました…今までの不義理、お許しください」

「お顔をお上げください、佐夜子さま…しかし康介さん、あなたはいったい何をおやりになったのです」

「…それ、今聞くかね?」

「いつも違ういで立ちですし…まさか、佐夜子さまを脅迫しようとしたのでは…」

「するか!」

ウフフフ。

康介と津屋崎のやり取りに、佐夜子が我慢しきれなくなって、笑い始めた。津屋崎がその佐夜子の姿を見て、銀縁の老眼鏡を外しながら、こぼれ出た涙を手の甲で拭う。

「佐夜子さま…」

「津屋崎さんよ、少しでも時間が欲しい…行かないか」

 

「ちょっとまって」

佐夜子が、津屋崎を制止して少しだけ時間の猶予が欲しいと懇願する。

津屋崎が会釈をすると、その合図とともに佐夜子は店の入り口のドアを開ける。カランコロンと鳴り響くドアベルの音に負けないように、佐夜子は店の中にいる誠也に声をかける。

「必ず帰るから、起きて待っていなさい!」

必ず帰るからって…戦場に赴くわけでもあるまいし…康介の胸の中にはこのような感情がこみ上げたが、すぐにそれを払しょくした。

「そりゃあ、人によってはそれぞれ考え方があるものなぁ…」

「何かおっしゃいましたか、槙島さん」

「いや、なんでもない…」

「ご両名、よろしいですね」

後部座席の2人がうなづくと、津屋崎の運転するプリウスは静かに動き始めた。

 

東京先進大学附属病院の、いつもの駐車場に車を止め、いつものエレベーターに乗り、いつものように5階に向かう。

康介にとっては“いつも”だったが、佐夜子にとっては新鮮な体験のようだ。キョロキョロと周りを見回し、エレベーター越しに見える大都会の景色を興味深く眺めていた。

「佐夜子さま、本当によろしいのですか」

「…津屋崎さん、先ほども申しましたが、私は覚悟を決めました」

「…佐夜子さま」

「私だって…大好きだった映画を捨て、私の存在をマルク=マルコで覆い隠そうとしていたのです…この大都会の片隅に、私という存在すら見つけられないように…私だって、宗史朗と一緒です」

一緒にしちゃあ、佐夜子さんが可哀そうだわ…そう言いたげだった康介だが、エレベーターが5階につくと、ドアが開くなり佐夜子に宣言するのだった。

「じゃあ、この世の中で一番の卑怯者に、会いに行きますか!」

 

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