加熱式タバコっていいよね

記事詳細DETAILS

『ドリームキャスト』第15話 夢ノナカデ

更新日:2021.06.22
西園寺公文の連続小説『ドリームキャスト』

第15話 夢ノナカデ

津屋崎から渡された「関係者」と書かれた名札を、康介と佐夜子は身に着ける。

「あれ、津屋崎さんは来ないのかい?」

「いや…私は…康介さん、何かあればナースコールでお知らせください…私はそちらでお待ちしています」

「そうなのかい? っていうか、その方が俺たち、怪しまれちゃうんだけど」

「その点ならご安心ください。先日、康介さんがおられた時の様態急変、あの時にあなたはぐっすりと大の字になってお眠りだったではないですか。あなたが何かをしでかしたという事件性は全くないことが証明されています…ただし…」

「ただし…」

「あれだけ医療関係者が目の前の病室で処置にあたっていたのに、よく大の字になったまま眠れるなと。つまり“風変わりな人”のレッテルまでは、私でも剥がし様がありませんでした」

「…人生39年、大半“変わり者”で暮らしてるから、もういいよ」

このやり取りを見て、佐夜子がまたほくそ笑む。久しぶりに笑った気がします…佐夜子のつぶやきを、康介は聞き逃さなかった。

 

いつものように、康介は病室の傍らにある関係者室に入る。

中に入ると、事務机が2つ、それぞれに椅子が1つずつ、あとは真新しいけど使われた痕跡のないソファーベットが2つ。ビジネスルームとも言い難く、じゃあビジネスホテルの客室かとも言い難い…そんな、奇妙な部屋だったが、佐夜子の好奇心は旺盛にこの部屋の何かを探ろうとしているようだ。

「この部屋ってさ、親族の控室じゃなくて、本当は違う目的なんだよ」

「そうなんですか?」

「…観察だよ」

「観…察…」

「実はこのガラス、病室側からは何も見えない。つまり、処置にあたっている医療関係者や、患者…それぞれにこちらの気配を探られたくない人が、この部屋にやってくる」

「…それでも、俺はいいと思っていたんだよ。奴の姿を見ないことには、奴が考えていることが何か、わからなかったからね」

 

康介は、自分が体験した“宗史朗”との会話について、一部始終を佐夜子に話した。佐夜子は、康介の話を決して疑うこともなく、真剣なまなざしで聞いていた。

「それで…私を…」

「でもさ、マルク=マルコでこの話を切り出した時、君は断ると思ったよ。現実を直視したくない!って言われたら、俺にはそれ以上返す言葉がなかったからね」

「そうなんですか?」

「でも佐夜子さん、君は宗史朗とは違う。君は現実を受け止めて…ああ、今日こうして、宗史朗と対面することで君はすべての現実を受け止める勇気を振り絞ったんだ…」

目の前にいる男とは、違ってね。

その言葉に、佐夜子は何のリアクションも返そうとはしなかったが、小夜子の視線は目の前のベットで上半身を起こされた状態で眠っている宗史朗の姿だけを追いかけていた。

 

「そろそろ、彼はやってくるでしょうか」

「そうだな…俺たちの存在には気づいているだろう…佐夜子さんが来てくれたから、すぐにでもこちらにコンタクトしてくると思ったのだが…」

部屋の中の時計は、午後9時になろうかとしていた。

相変わらず、宗史朗の心音は通常のリズムを刻み続けており、こちらがわざと聞こえるように会話をしてみたりしても、宗史朗からのコンタクトはなかった。

「緊張しているのかな…」

「どうなんでしょうね…」

 

「緊張しているのは、君の方じゃないのか」

いきなり飛び込んできた、宗史朗の声。

康介が佐夜子の方を見ると、佐夜子も“声が聞こえています”という表情を隠していない。

「佐夜子…」

「宗史朗…」

佐夜子の声も、宗史朗の声も、康介の脳内にしっかりとこだましている。

なんだ、3人同時通話機能があるのかよ…そんな冗談を今は言える場合ではないことぐらい、康介でもわかっていた。

「会いに来てくれたんだね、佐夜子」

「…宗史朗さん、槙島さんが導いてくださらなければ、私はここにはいませんでした」

「そうか…槙島さん、ありがとう」

「どうってことはねーよ」

照れ隠しのように康介は右手を振り、宗史朗の方に向けて“シッシッ”とポーズをとった。しばらく、俺抜きで会話してくれればいいんだけどなぁ…ミュート機能でもあったいいのに…そんなことを考えていた康介は、宗史朗の次の言葉に呆然とした。

 

「佐那浩二とは、縁を切ってくれたんだね!」

「…」

「佐那浩二だとっ!」

“佐那浩二”という言葉に沈黙している佐夜子に、思わず刑事ドラマで劇場する刑事のように語りかけてしまった康介。

「おい宗史朗、それはどういう意味なんだ」

「…」

「宗史朗!」

宗史朗は少し沈黙していたが、見えないはずのガラス越しから、康介の殺気が伝わったのだろう、重い口を開き始める。

「佐夜子は…佐那浩二から関係を迫られていたんだ…大学の特別講師でもあった佐那は、佐夜子の夢であった“映画プロモーター”の道をちらつかせて、彼女を自分の自由にしようとしたんだ」

「やめて!」

「僕は佐夜子のことが信じられなくなったんだ…それで死を選んだ…はずだった…佐夜子、佐那浩二のことは気にしなくていいんだよね?」

ピックアップPICK UP