「そんな話があったのですか…」
午前8時、佐夜子をマルク=マリコに送り届けて帰ってきた津屋崎に、康介は昨晩の出来事を細かく説明していた。
津屋崎が差し入れてくれたフレンチトーストと、目の前で入れてくれたコーヒー、この2つをほおばりながら、康介が興奮冷めやらない様子で話を続ける。
「まあ、俺がここまで骨を折らなかったら、いい話にはならなかっただろうね」
「それにしても…佐夜子様、いろいろお悩みがあったようですな」
康介は佐夜子と佐那浩二の関係を、もう一度振り返っていた。無理やり「お互い様」みたいな話にして落ち着けてしまったが…佐那浩二はいわば「パパ」だったのかもしれないと、今となっては思えるようになってきた。
佐夜子の言うことが本当ならば、宗史朗に去られた佐夜子が、誰かにすがってでも夢をかなえようとしたならば…大学の特別講師でもあった佐那浩二と親密な関係になったとしても、決して間違いではないだろう。
むしろ、そうするしか自分の夢をかなえる方法が見当たらなかったとき…自身の身体を差し出してでも、かなえたい夢を優先することだってあるかもしれない。
推定Dカップ、意外と出るところが出ている佐夜子のボディーラインを想像しながら飲むコーヒーは、意外とおいしいと感じてしまった康介であった。
「起きてるかい、康介さん」
「宗史朗?」
目の前で宗史朗からコンタクトがあったことなど、津屋崎にはわからない。
ただ津屋崎は、目の前で康介がいきなり宗史朗の名前を呼んだものだから、これが噂の…という表情を隠そうともせず、ガラス窓に駆け寄り、目の前の宗史朗の変化を少しでも見逃さまいと必死になっている。
「津屋崎さんがびっくりしているぞ、なんだこんな時間に」
「津屋崎もいるのか、ならばちょうどいい」
「どうしたんだ、そんなに焦って」
次の瞬間、宗史朗の心音が急に大きく聞こえはじめ、心拍数も急激に上昇した。
これは大変だと、津屋崎がナースコールのボタンを押そうとするが、康介は津屋崎を止める。
「一過性のものだ、なあ宗史朗」
「俺のことなどどうでもいい、なあ康介さん、佐夜子を止めてくれないか」
「佐夜子を止める? どういうことだ?」
先ほどより心音を刻むペースはさらに高まり、康介ですら目の前にいる宗史朗を見つめなおす。
「僕は見てしまったんだ…」
「だから、何を!」
「…佐夜子が死んでしまう…これは正夢なんだ」
宗史朗は自らの見た“悪夢”について語り始めた。
今日の午後3時、大岡山駅の南口にある横断歩道を渡っている佐夜子が、自動車にはねられて死んでしまうというのだ。
悪夢とは言えどもリアリティがありすぎる、だから康介に佐夜子を無事に確保してほしいというのだ。
「そんなにリアルな悪夢とはいえ、オマエが予知夢を見られるわけではないだろう」
康介はそっけなく宗史朗の話を処理しようとしたが、宗史朗はさらに迫る。
「そんなに信じられないなら、病院の売店に行けばわかるさ」
康介は、津屋崎に病院の売店に行くように依頼し、宗史朗が言う雑誌を買ってくるように頼んだ。
『有名映画評論家が熱を上げる“25歳年下のスレンダー美女”』
宗史朗が示した写真雑誌、その見出しが気になった康介は、思わず雑誌の目次を探し、見出しの記事を見つけようとする。
「どうだい、僕の言うことを信じてくれる気になったかい」
康介はもはや、宗史朗に返す言葉などなかった。
見開いたモノクロページには、先日康介がリアルに目撃した、佐那浩二と佐夜子の遭遇シーン…それに似たような光景が数枚、それが“禁断の恋”の証拠として取り上げられていた。
佐那浩二は妻帯者であり、子どももいるにもかかわらず、25歳年下の女性に熱を上げていて、この関係はいまだに続いているというのだ。
「ちょっとまて宗史朗、この雑誌が佐那浩二と佐夜子の件であることはわかる…だが、佐夜子が今晩事故に巻き込まれて死ぬという話は、どう絡んでくるんだ」
「消されるんだよ、佐夜子が」
康介は“その手があったか!”という表情を隠そうとしない。
宗史朗の声が聞こえないものの、康介と宗史朗のやり取りを推察した津屋崎は、思わずその場にへたり込んでしまい、そんな馬鹿なという表情をして、天を仰ぐ。
「今日の午後3時、佐那浩二に呼び出された佐夜子は、駅前の横断歩道を渡ろうと待機している…でも、そんな佐夜子を偶然の事故を装って、生きて帰すまいとする人間がいるんだ」
「それは…」
「こんな写真記事を載せられて、自分の商品価値が下がると警戒している男だけだよ」
「しかし、すでに発売されている雑誌のことなんか…」
「佐那浩二から言わせれば、死人に口なし…佐夜子が死んでしまえば、佐那浩二はこういうだろうね…“しつこい女性に言い寄られて困っていた”とね…」
康介は革ジャンを羽織りなおし、津屋崎に依頼する。
「津屋崎さん、マルク=マルコに行ってもらえないか」
「…康介さん、佐夜子さまをお願いします」
「わかっているよ…要するに、午後3時に大岡山の駅前に佐夜子さんを行かせなければいいんだろ」
康介は未来を変えることの悪意は多少理解しようとしたが、それよりも目の前で起きる事故を防ぎたい、佐夜子の命を守ることを最優先にしたい…そう決心したのだった。