加熱式タバコっていいよね

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『ドリームキャスト』第19話   夢ハマサユメニ

更新日:2021.06.23
西園寺公文の連続小説『ドリームキャスト』

第19話   夢ハマサユメニ

残り時間は1時間を切っている。自分が今いる場所、そこから見える範囲でレストランやカフェはどれくらいある…1つ、2つ、3つ…5つか。

それらのビジネスホテルから、タクシー乗り場へ向かうときに必ず通る交差点と、横断歩道はどこにある…Googleマップをスマホで確認しながら、現在位置と照合し、康介は自分の推理を懸命に働かせた。

南口だ。今いる場所でいい。康介の推理は確信へと変わり、100mほど離れたロータリーの付近、そこの横断歩道であることを確信した。

南口から南の方向を見ると、そこには宗史朗と佐夜子が通っていた大学があった。まさかとは思ったが、白昼堂々…大学の一角で打ち合わせをしている可能性だってある。それならなおのこと、南口で待っていれば問題がないだろう…康介はここで少し落ち着きを取り戻し、自分が雨に打たれていることに気づいて、少し庇のある店先に移り、南口をずっと観察することにする。

 

津屋崎からのLINEに気づいたのはちょうどその時だった。事務所にはいなかった、自宅に向かってみるとのメッセージが、ちょうど3分前に発信されていた。

了…その一文字だけを送ると、既読になるかどうかを確認することもなく、革ジャンの胸ポケットにそれをしまい込んだ。代わりに右のポケットから電子タバコを取り出すと、周りの人間のいぶかしげな視線を無視して、思い切り大きく息を吸い込んだ。そして思い切り、溜息を吐き切るかのように息を吐き切ると、鼻の奥にメンソールの程よい刺激が染み渡る。

あと5分か…最後の一吸いを楽しもうとしたとき、康介の眼前に佐夜子の姿を認めた。赤い傘をさしていて、ちょうど傘のしずくを振り払うときに一瞬姿が見えたのだ。

「佐夜子さん!」

康介は、娘に再会した父親のような勢いで、佐夜子に向かって手を振っていた。今だ、今のうちに彼女の身柄を確保しないと、宗史朗の正夢が本当になってしまう。

 

「康介さん!」

「この後いいかな、話があるんだけど」

赤信号の横断歩道、5m程離れた向かい側の佐夜子に向かって、康介は単刀直入にアポイントメントを取る。

「この後ですか?」

「そうなんだ、この後…どうかな!」

「…〇×▽&●…」

ちょうどその時、雨音が激しくなり、車が走るたびに雨を跳ね上げ、その時に生じる音が佐夜子の答えをかき消した。

「…聞こえないんだけど!」

もう一度答えを聞こうと、先ほどよりも大きな声で佐夜子に話しかける。

佐夜子も、先ほどより大きな声で康介に話しかける…というか、叫んでいるかのようだ!

「康介さん、危ない!」

 

次の瞬間。

赤信号のはずの横断歩道を、佐夜子が懸命に走ってくる…康介の方に。

「佐夜子…さん?」

「危ない!」

危ない…佐夜子の指さす方向…その言葉の意味をようやく悟った康介は、思わず右側に視線を向ける。

ガツン。自身の右側で4トントラックと乗用車が接触し、4トントラックが衝撃で向きを変えて康介の方に向かってくる。

それを気づかせようと、佐夜子は自らの危険も顧みずに康介の方に向かって駆けつけてきた。

「佐夜子さん、逃げて!」

グワッシャン。トラックのガラスが割れる音がして、康介は自分の身体の上にきらきらと鈍く光るガラス片が降り注いでくるのを認めた。

次の瞬間、重力とは違った力を身体全体に受け止め、それを押し返すこともできず、受け身を取ることもできずに、ただ加えられた力によって全身を思わぬ方向に弾き飛ばされる。

その時、柔らかい女性の身体の感触を覚えた康介だったが、それが佐夜子だったのか、それとも違う人間だったのかは、その時にわからなかった。

「くぅ…」

薄れゆく意識の中で、康介が必死に目を見開いて探したのは、佐夜子であった。しかし、目の前に佐夜子の姿を確認することはできなかった…ただし、くしゃくしゃになって原形をとどめていない赤い傘だけは確認することができた…康介の意識はここで途絶えた。

 

康介と佐夜子は、自動車同士の事故に巻きこまれる形になった。

ここまで、康介の推理は結果的にほぼ正解であったが、康介は佐那浩二に気をとらわれすぎた。宗史朗の”佐那浩二が佐夜子を消す”という推理を安直に信じてしまったが、実際はそのようなことではなかったかもしれない、そういうことだ。

津屋崎が佐那浩二の自宅から大岡山駅の“現場”にやってきたとき、すでに救急車が到着しており、康介は佐夜子を守ることができなかったのかと、ただ現場を呆然と見ることしかできなかった。

それでも…と車を止め、現場に駆け付けた時、救急車が実は2台いたこと、それぞれの救急車に康介と佐夜子が乗せられたことを知った。

津屋崎は、思わぬ形で“悪夢”の目撃者になってしまったのだ。

 

「では、ご両名のうち、槙島康介さんについてはこちらでも引き続き確認いたします。あなたももし情報があるようでしたら、分かり次第署までお知らせください」

ありがとうございます…声にならない声を振り絞って、津屋崎は警官に深々とお時期をした。

東京先進大学附属病院…5階のICU…くしくも宗史朗と同じ病院に搬送された2人のことを、津屋崎はただただ案じることしかできなかった。

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