加熱式タバコっていいよね

記事詳細DETAILS

『ドリームキャスト』第20話   夢ノツヅキヲ

更新日:2021.06.23
西園寺公文の連続小説『ドリームキャスト』

第20話   夢ノツヅキヲ

「宗史朗さま…康介さんと佐夜子さんが、あなたと同じようにお眠りになられています」

康介が何度となく宗史朗と語り合った、関係者室の中。今夜は津屋崎が一人きりで宗史朗と向き合っている。

「あなたのわがまま…いや、あなたの夢をかなえようとしてくれていた無鉄砲で責任感のある大人と、あなたの夢に再びかけてみようと思っていた心の美しい女性が、今も命を長らえようと戦っているのです」

返事は帰ってくるはずもない。自分には宗史朗の声が聞こえないのだから…それでも、津屋崎は宗史朗に何か言わなければ気が済まなかった。

「あなたはいつまで自分の意志で、そうしてお眠りになっているのでしょうか。あなたはあなたの意志でいつでも目覚めることができますが、それすらままならない2人は、あなたの夢をかなえようとして命を落とす、殉教者でなくてはならないのですか」

私には理解できません。あなたの考えも、あなたが引き金を引いた現実の悪夢も。

康介がバンバンと両手のこぶしで叩いていたガラスに、津屋崎は自らの額を押し当てる。老眼鏡を外し、声を押し殺して泣いた。今はそれだけしかできなかった。

 

あの時、佐夜子はこちらに走ってきそうな勢いの康介の姿を認めた。それを止めようと、佐夜子は大声で康介に呼びかけたのだが、康介にはあまりよく聞こえなかったようで…その時、近辺で起きた自動車同士の接触事故…無防備な康介に逃げるように声をかけるため、赤信号を無視して駆け寄ってきた佐夜子も事故に巻き込まれてしまったのだ。

衝突のあおりで康介たちの方向に弾き飛ばされた4トントラックは、無情にも2人を巻き込んで横転し、ようやく止まった。周辺の人々が危険を顧みず4トントラックを必死に持ち上げようとしていたが、多勢に無勢ではどうにもならず…レスキュー隊と救急隊の手によって2人は救出されたのだった。

 

佐夜子と弁護士の話はどうだったのだろう。津屋崎は佐夜子のカバンを預かっており、恐縮しながらその中身を確認する。

“契約書”がカバンの中から出てきたときはドキッとしたが、その契約書は佐那浩二が佐夜子の身を守るために派遣した弁護士であり、彼女が不利益を被った時には法廷で十分に戦えるように、自分が費用を負担して弁護士を雇っていた事実の証であった。

今の時点で、佐那浩二と佐夜子にどのような関係があったのか…それを確かめることは野暮ではない。でも、それは佐夜子が目を覚まし、回復してから落ち着いて問いただすことにしよう。津屋崎は丁寧に契約書を佐夜子のカバンにしまい込むと、再び大きなため息をついた。

今夜が山とは、神様はこの世の中にはいないものかと、もう一度大きく、先ほどよりも深いため息をついて、津屋崎は無機質な天井を仰いだ。

 

そういえば、康介さんのご家族は意外にも家族思いであったな…絶望の中で感じたささやかな温もりを津屋崎は一生忘れまいと思った。

「康介がマイシマ開発の関係の仕事をしているとは思いませんでした。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

康介の電話帳に残されていた唯一の家族、槙島三郎太に電話をすると、意外な反応であった。医師ゆえの冷静さというのであろうか、それとも冷徹無比なマシーンとしての対応なのか。困惑する態度を隠さない津屋崎に、電話口の三郎太は語ったのだ。

「息子はいつまでたっても私の息子です。私の病院に搬送可能な状態になれば、ぜひとも私が全身全霊をかけて息子を助けたいと思います。なにより、今私にできることがあれば、先進大の先生に私のお名前をお伝えください。少しは治療体制も変化するかもしれませんから」

 

このプロジェクトを康介に託そうとしたとき、康介は津屋崎に尋ねた。

「じゃあ何か、俺を血統で選んだというのか、それとも演技で選んだというのか、どちらだい?」

その問いに対して、津屋崎は“両方です”と答えたことを思い出した。

宗史朗のように、血統とプライド、家柄…一人の人間として夢を追い求めるために不必要とも思える鎖にがんじがらめになっている人間…その鎖を振りほどき、懸命に自分の人生を歩もうとしている槙島康介…最初は鎖を引きちぎって自由奔放にかつ豪快な生き方をしているだけかと思っていた康介が、実は宗史朗と同じようにさまざまな鎖に絡めとられてがんじがらめになっていたこと、その鎖から逃れるために自分の夢を…表現者としての自分を確立しようともがいていたことは、ここ3週間ほどの付き合いの中で、津屋崎に痛いほど伝わった。

「本当ならば、お互いに元気な姿になって、宗史朗さまを叱り飛ばしていただきたいのですがね、康介さんには」

“様態が急変しましたら、速やかにお知らせください”“今晩は津屋崎様に甘えてしまいますが、早朝には私が病院に伺いますので、それまでよろしくお願いいたします”…槙島三郎太からのショートメールを読み返すと、津屋崎は聞こえるはずもないと分かっていて、康介に語り掛けた。

「あなたが思うほど、ご家族の絆はそんなに悪いもんじゃあ、ないですよ…」

 

「…ここは…どこだ…」

「康介さん…」

「佐夜子さん、君は大丈夫だったのかい…ああ、お互いに体にケガは負っていないようだね」

「そうでしょうか…」

佐夜子が現実を受け入れることに躊躇している時、目の前から歩み寄ってくるのは、全身白いスーツに身を包んだ男…宗史朗であった。

「宗史朗…」

「佐夜子…康介さん、ここは現実の世界ではないよ」

「現実では…ない」

「ここは夢の世界。信じてくれないかもしれないけど、お互いの意識同士がつながって生まれている…生でもない死でもない、自分たちだけの世界だよ」

ピックアップPICK UP