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『ドリームキャスト』第10話 夢はヒトリヨガリ

更新日:2021.06.21
西園寺公文の連続小説『ドリームキャスト』

第十話 夢はヒトリヨガリ

「私に…会いたくて…とは?」

康介の言葉に、動揺を隠そうとしない佐夜子。持っていた買い物かごはカタカタと揺れ、その音に気付いた佐夜子は自ら冷静さを保つかのように、そのかごを台の上に置いた。

「すみません…驚かせてしまいましたが、ようやくお会いできましたもので」

康介は改めて、自分の名刺を差し出す。

「演劇…役者さんなのですね」

「ええ…ですが、自分の夢を叶えるチャンスが来ましてね…そのチャンスを叶えるために、キャストを探していたのです」

「夢…いい響きですね」

夢という言葉に好印象を抱いたのか、佐夜子は口元にうっすらと笑みを浮かべていた。

 

翌日の午前10時。

康介は不安だった。大岡山の駅前にあるカフェで待ち合わせをしたものの、果たして佐夜子が来てくれるのかどうか。

それでも康介は信じていた…佐夜子が“夢”という言葉を聞いた時の、ささやかな笑みを。自分の気持ちは伝えている…果たして彼女は話を聞いてくれるのだろうか。

そして、いつかタイミングを見計らって、彼女には話をしなくてはならない。舞島宗史朗という人間のことを。

 

「お待たせしました」

待ち合わせ時間の5分前に、佐夜子はやってきた。

窓際の、通りからよく見えるテーブルに腰掛けている康介を認めると、多少小走り気味に店の中に入ってきて“連れがいますので”と言いながら、息が荒くなるのを抑えるように椅子に腰かけた。

「いえ、こちらこそありがとうございます」

「…昨日はびっくりしました」

「すみません。なんだかストーカーみたいですよね…」

「まあ、世間ではそういう見方もあるみたいですけど…私は、そんなに気にしていませんわ」

「助かります」

「弟のパスタの味を褒めてくださった方ですから、きっと人間が悪い方ではないと思いましたから」

佐夜子の言葉に安心した康介は、茶封筒の中から映画の台本案を取り出す。

 

「40歳が近くなって、俺の夢がかなう時が来ました…それがこれです」

台本案を受け取ると、佐夜子は最初の数ページをざらっと読み、いったんそれを閉じる。

「夢は、映画を撮ることだったんですか、槙島さん」

「まあ、演劇とか映画とか…表現者ってやつは、自分の名前を後世に残したいものなのです。今回、このシナリオに関わることになりまして…監督は別にいますが、キャスティングは主役の私に任されることになったのです」

「プレイング・マネジャーってところですか」

「まあ、そんなところです」

照れ隠しのように笑う康介を、佐夜子はクスリと笑いながら見つめている。

「で、この脚本の中にいる、ヒロインが私ってことですか」

「ええ…第一印象で決めておりました」

「第一印象…ですか」

「申し訳ありません、何度かあなたのことをお見掛けするうちに、あなたのその落ち着いたお姿の中にある情熱を、僕は感じ取ってしまったのです」

「情熱…ですか」

「ええ…その情熱は、昨日お話して、確信に変わったのです」

「…」

「あらゆる所作の中に、演技の基本というか、映画の基本というか…ああ、演劇とか映画とかに関わっておられた方なのかな、って思いました」

 

映画、という言葉を聞いた時、佐夜子の表情はやや険しくなった。

「槙島さん…」

「なんでしょうか?」

「槙島さんは、夢をかなえた後は、どうなりますか」

「え…」

康介はかなり動揺した。

夢というカードを切り出せば、こちらの話を真剣に聞いてもらえるようにはなるだろう、そう思っていたからだ。でも、夢をかなえた後の話…この答えを間違えたら、作戦は失敗だ…そう考えると、康介はますます動揺してしまった。

「すみません、変なことを聞いてしまいました」

「いや、困っているわけじゃないんです…夢をかなえることだけを目指して生きていましたから…かなえた後のことは、その時に考えればいいかなって…すみません、率直な俺の気持ちです」

「いいえ…槙島さんは、私と年が20ほども違うのに、なんだか私たちと同じぐらいですね」

「…と、言いますと」

「幼いって意味じゃないんです、誤解しないでください…20歳過ぎの若者と同じぐらい、夢と真剣に向き合ってらっしゃるなって意味です」

 

佐夜子は先ほど手渡された台本を数ページめくると、あるページでめくるのをやめた。

「この台本、夢をかなえる男の人の話ですよね」

「そうです」

「…ちょっと残念な話だと思います」

「…残念?」

「じっくり拝見もせずに申し上げるのはおかしいかもしれません…でも、この台本は…主人公の男の人が夢をかなえる話…男の人だけが、自分の夢をかなえる話です」

「…」

「夢っていう言葉は、誰にでも明日を、未来を与えてくれる魔法の言葉だと思います。私は夢って言葉、大好きです」

「…僕もです」

「だったら槙島さん、この台本の結末を少し考えなおしていただけませんか…この話は、夢がヒトリヨガリです。主人公だけが満足して終わり、そんな夢は夢と言ってはいけないと思います」

「…なるほど」

「すみません…隠していましたが、私は自主製作の映画も作ってきましたし、そのこともあって映画プロモーターを目指していた女なのです…この台本はいい作品だと思いますが、もっといいものにしていただきたいのです」

 

康介は思い切って佐夜子に尋ねた。

「では、佐夜子さんが思う結末に変えることができたら、僕の映画に出てくださると考えていいのですね?」

 

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